こだわりのいっぴん

丸三岩崎印「日本剃刀と小刀」


1、日本剃刀
岩崎重義さんのご尊父の航介さんが世界最高の刃物を作るために日本刀の鍛錬技術を研究されてから、それを生かした刃物を作るために故郷の三条に戻られて剃刀の製造を始められます。

間もなく、岩崎航介さんに弟子入りした方が2人おられました。

お一人が飯塚解房さんで、その後、独立され現在では「重房」マークで押しも押されもせぬ高級庖丁の作者として知られています。
そして、もうお一人が水落良市さんでした。
水落さんは岩崎さんに10年間勤められ、やがて大切な仕事も任され、最後の頃は玉鋼の日本剃刀を作っておられましたが、 実家のお父さんが金物問屋をしておられたことから、その後、跡を継いで刃物等の商いをなさっておられました。

岩崎重義さんが約二年ほど前から体調を壊されて仕事を休止しておられますので水落さんが心配なさり、自分が工場に入って造りましょうかとご提案したところ、貴方なら昔の感さえ取り戻せば私と同じ仕事が出来るのだから、是非、来て欲しいとご要望があったそうです。
それで、金物問屋を廃業して鍛冶場に入ることになりったのですが、今までのお得意様に迷惑を掛けるといけないので、当社に2ヶ月間お勤めになって、全てのお得意さんを当社に受け渡されて店じまいをなさってから、平成16年10月から岩崎さんの仕事場に入られました。

それから4ヶ月経ったある日、水落さんが私の自宅にお出でになり、ようやく重義さんから合格を貰いましたので、最初の1本を差し上げたくてとおっしゃってお持ちになって下さいました。(平成17年2月5日)

水落さんは、17年10月に工場に入られたのですが、まだお体が完全ではない岩崎さんが、まず全部の工程を一通りしてみせられてから、水落さんが製作に取り掛かられるのですが、昔の感覚を取り戻すのに時間が掛かり、結局、4ヵ月間に5回のロットを試作されて段々と昔の感を取り戻され、この度の6回目のロットでようやく岩崎さんも満足なさるものが完成して合格となったとのことです。それだけに素晴らしい製品に仕上がっております。

最初の一本を私に下るさるとのことでお持ちになりましたのでご紹介します。
鋼はスウェーデン鋼で白紙に良く似た材質とのことです。

次は製品の刃部でクリックすると拡大写真がご覧になれます。この品は本刃付けです。


次は包装状態と包装紙裏の説明文です。


製品には本刃付けしたもと荒研ぎのものとありますが当社では本刃付けしたものを取扱いします。(荒研ぎのものは裏がグラインダー研磨のままです)

その後、水落さんはすっかり工場に落ち着かれて日々製作に熱中しておられます。
注文は絶え間なく入り、最近ではアメリカで日本刃物を販売するネット通販でも取り上げられており、その名のごとく「日本剃刀」なのに、外国でも切れ味を評価されており、国際的にも人気になっているようです。(20/3/26)

最近、当社で外国へ送るために仕入れした2丁掛けの写真を撮りましたのでアップしました。

大きさの比較のために1丁掛けと並べて撮りました。クリックすると拡大写真をご覧になれます。


2、小刀
日本剃刀の製作を再開されたら、溜まっていた注文が沢山おありだったので、他の製品はお断りになっておられましたが、漸く、次の小刀だけ製作が始まりました。全て、岩崎さんが責任を持つということで、銘は岩崎さんご自身で作切りされています。
鋼は白紙に良く似たスウェーデン鋼です。

次は「芽」と銘した小刀で、それぞをクリックすると拡大写真がご覧頂けます。


次は「仙」と銘した小刀で、それぞをクリックすると拡大写真がご覧頂けます。


次は「未」と銘した小刀で、それぞをクリックすると拡大写真がご覧頂けます。


それぞれが上記の桐箱に入っており、岩崎さんが製品の責任を持つ意味で説明書を書かれて、そのコピーが同封されます。
販売しますので、納期、価格などはお問合せください。

その後、岩崎さんも少しづつ快復されていることと、水落さんが岩崎工房の職人さんとして定着されました。
19/9/15、16日と私のお客さんを相手に小刀道場を開いてくださいました。
その時の様子を次のページでご覧戴けます。ここからお入り下さい。

最初に説明した最初の岩崎航介さんが玉鋼を研究して刃物を作られることになったのは、とても参考になるお話私の参考資料に収録してありますので次のページの岩崎航介著・ご自分の刃物人生を語る 「日本刀と私」を御覧下さい。


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