こだわりのいっぴん

中屋伊之助両刃鋸



三条の鋸で中屋伊之助ほど全国に知られた鋸はないと思います。

資料によると、初代は西暦1758年(宝暦8年生れ)で、現在は7代目に当たり、分家筋、弟子筋に沢山の有名な職人さんがおり、両刃鋸が全盛の頃には伊之助系の職人さんは三条で一大勢力をなしていたものです。

随分前の話です。昭和50年代でしたでしょうか。

大阪で古くから目立てをしながら大工道具屋を販売しているお店で聞いた話です。
ご主人は、当時、70歳代後半のお方でした。
「貴方も知っているかも知らないが、昔、大阪の大工さんを回って大工道具を行商している方で新潟から来ていたお婆さんがいたんです。
そのお婆さんが『この鋸は良く切れる鋸で、木の中に釘が残っていても一緒に切ってしまうんですよ。』と言って、実際に試し切をさせながら売っていて、それが人気でよく売れていたんですが、それが伊之助の鋸だったんです。
そんな訳で大阪では伊之助の鋸を『はばの鋸』と言っていたものです。」

私が大工道具に詳しいと思われたのか、「貴方も知っているかもしれないが」と言われたのですが、私にとって初じめて聞く話で、とても参考になると思ってお聞きしたものでした。

伊之助にまつわる資料は沢山ありますが、その一つに、三条で昭和2年に刊行された「三条先覚事略」という冊子があり、そこに深沢伊之助の歴代のことが記録されていますのでご紹介します。
私の参考資料集のページにアップしてありますのでご覧になりたい方はこちらお入り下さい。

次が伊之助の全体写真です。


次は銘の部分の拡大写真です。


裏には「本伊」と刻印があり、コミの番号は登録商標の番号だと思われます。
平成17年の三条の洪水で伊之助さんの工場も水に浸かり、機械をダメにされたそうです。今までは仕掛品で仕上げることが出来るものを販売して来られましたが、それも無くなって現在販売出来るのは次のサイズだけになりました。(24/3/16)

7寸  売り切れました。 (24/12/25)
8寸(7寸目) 売り切れました。 (24/12/18)



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